晃華学園では毎週土曜日、全校生徒にむけて教員が自分の考えを放送で語ります。
生徒にとっては、カトリックの価値観はもちろん、教員個人の多様な価値観に触れ、自らの価値観について考える機会となっています。
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医療現場で、治療と看護の分離を唱え、看護できない患者はいないと言ったのはナイチンゲールです。クリミア戦争で傷ついた兵士たちを助けた「白衣の天使」というイメージが強い彼女ですが、実際には衛生学と統計学に長けており、患者に栄養のある食事を提供し、シーツをこまめに交換して清潔を保つことで、野戦病院の死傷者を激減させました。
現在、NHKの連続テレビ小説で放送されている「風、薫る」は、そんなナイチンゲール式の近代看護を日本で最初に学んだトレインド・ナースたちの物語です。偶然にも2年前に、この原作となった『明治のナイチンゲール大関和物語』を書いた田中ひかるさんに出会う機会があり、持続性と多様性が求められる看護の仕事に興味をそそられ、朝ドラを毎日フォローしています。
ドラマと史実はずいぶん違うのですが、今回は近代看護にキリスト教や女性解放運動が大きな影響を与えた点に触れたいと思います。
明治20年、桜井看護学校に8人の女性が入学します。この学校は今の女子学院の付属として出発しました。校長の矢島楫子は夫の家庭内暴力に苦しみ、離縁した後、キリスト者となった人物で、女性の地位向上のために活動していました。この看護学校で出会った大関和と鈴木雅が、ドラマでもダブルヒロインとして描かれています。ランプを磨きながら生い立ちを語り合い、二人の子供を抱えるシングル・マザーとして、互いに心を通わせ始めます。大関は複数の女性と関係を持つ夫に愛想を尽かし、植村正久という牧師に出会い、キリスト教の洗礼を受けます。民法で「一夫一妻制」が定められるのは明治31年のことです。鈴木は西南戦争がきっかけで夫を失い、看護婦の道を目指すのですが、今のフェリス女学院で英語を学び、ナイチンゲールの仕事ぶりにも通じていました。当時、病人の世話をする看病婦は卑しい仕事とみなされていました。二人が訓練を受けて、実際に病院で働きはじめてからは、患者達から歓迎されるものの、看護婦の役割が正当に評価されず、男性医師たちとの衝突が絶えません。患者のために寝る間も惜しんで看病し、教会で祈り続ける大関に対して、鈴木は看護婦を女性の職業として確立させるために、労働に見合った待遇を求める合理性を持っていました。男性中心の社会で、女性同士が励まし合って切磋琢磨する姿は、100年以上経った今も息づいています。先月、聖母月行事で、女性医師として働く大変さをうかがった時、男女同権はまだ道半ばであると痛感する一方で、後に続く女性が働きやすいように新たな道を切り拓く土壌があることに感動しました。
現在は男女共学の学校に人気が集まっているようですが、世界の中でジェンダーギャップ指数が低い日本では、女子の特質を生かし、可能性を引き出す女子教育の意義は十分にあると私は考えています。キリスト教に出逢い、女子校で学ぶ皆さんには、弱さの中にある強さや尊さに気づく人であってほしいと思います。そして、皆さんが晃華学園を卒業してから生きていく社会が、女性はもちろん、生きづらさを抱える人々にとって、ありのままの姿で生きていくに値すると思える場所になることを心から願っています。