1月6日に3学期始業式が行われました。
校長先生から以下のお話がありました。
「あけましておめでとうございます。およそ二週間の休みが終わり、今日から三学期が始まりました。冬休みは楽しく過ごせたでしょうか。
私は、ここ数年来、お正月には箱根駅伝の実況中継を途切れ途切れですが見ています。帰省した時にたまたま見たのがきっかけで、応援する大学があるわけではありませんが、今目の前で繰り広げられている虚飾のない現実に心惹かれるものがあります。
箱根駅伝とは東京箱根間往復の大学駅伝競走で、関東地方に大学があり、駅伝参加資格のための予選を突破した学校と前年度シード権を獲得した学校計20校の大学が参加できます。シード権とは前年度10位以内に入った大学が予選なしで次年度の駅伝に参加できるという特権です。駅伝は、往路5区間、復路5区間で、計10人の選手がそれぞれの区間を走り、襷をつないで行きます。1区間は大体20~23キロメートルぐらいですが、平たんな道、しかしでこぼこあり、山道あり、風が吹きつける道あり、快晴の日には日差しが照り付ける道などなど、条件が様々で、どの選手をどの区間に走らせるかによって勝敗が決まるようです。今年度の駅伝では、青学の監督の読みがあたり、往復とも二位と差をつけての堂々たる優勝でした。
選手たちは、学校の名誉を担って走ります。優勝争いに食い込みたいけれど、それができない時は、シード権獲得に向けてひたすら走ります。今年は東海大が10位でゴールするところを、土壇場で法政大に追い抜かれ、10位を奪われてしまいました。このように駅伝はひたすら走ることの中に厳しいドラマがあります。1区間を走るのにも時間制限があり、制限時間内に襷を渡せない場合は、次の区間の走者が自分の大学の襷ではない、大会が用意した黄色と白のストライプの襷をかけてピストルの合図とともに、繰り上げスタートで走り出します。昨年も時間内に襷を渡せないで、ふらふらになって駆け込んできた選手がいました。今年は、あと数十メートルというところで時間切れ。次の走者が走り出しました。襷を渡せなかった人、走り出した人双方に言葉では表現できない思いが渦巻いていたことでしょう。その他、駅伝に出るために高校時代スカウトされた大学に入ったけれど、体調が悪く4年生になってやっと出場できた人、マラソンの経験はなく、大学に入ってから陸上を始め、足の運び方や腰の位置など基礎から指導を受けた恩師に報いるために走った選手など、出場する選手は一人ひとりいろいろな思いや決意を秘めて走ります。
私は、駅伝は人生に例えられるな、と思います。駅伝のコースは私たち人生を歩む一人ひとりの道です。人生には思いがけないいろいろな状況が起きてきますね。山のような困難を抱えた時、谷に落ち込んでしまってなかなか立ちあがれない時、信じていた友達が自分から離れてしまったという、逆風が吹くとき、ああー幸せだな、とほっと一息つける小春日和のような時など。自分の人生は自分で歩まなければなりませんが、支えてくれる仲間がいます。沿道で応援してくれる人がいます。しかし、時には、誰もそばにいない、と思えるときもあるでしょう。でも、必ず誰かが見てくれています。そのことは、後になって気づくのです。
『あしあと』という詩があります。その詩は、夢で見た光景で、主と共になぎさを歩いている場面が描かれています。いつもは砂の上に主と自分の二人の足跡がついていますが、これまでの自分の人生でいちばんつらく悲しかった時、砂の上には足跡が一つしかありませんでした。見捨てられたように感じたその人は、あしあとが一つしかついていないことを主に尋ねると、主は、次のように答えました。『私の大切な子よ、わたしはあなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みの時に。あしあとが一つだったとき、わたしはあなたを背負って歩いていた』と。
勉強で悩んでいるとき、友だちとの事で悩んでいるとき、あなたは決して一人ぼっちではありませんよ。
そのことを信じて、三学期も頑張りましょう。三学期は一年のまとめの時期です。できたこと、出来なかったことを振り返って、出来なかったことは三学期にしっかりと仕上げましょう。
これで三学期始業式の話を終ります。」