2018年度

沖縄「慰霊の日」(6月23日の宗教朝礼から)

この記事は1年以上前の記事のため、内容が古い可能性があります。
投稿日2018/6/23

先ほど宗教委員が唱えた「主の祈り」の意向の通り、今日6月23日は、沖縄の「慰霊の日」です。 毎年この日、糸満市にある平和祈念公園では、戦没者追悼式が行われます。

昭和20年4月にアメリカ軍が沖縄本島に上陸し、各地で激しい戦闘が行われました。 やがて日本軍が壊滅し、6月23日に組織的な戦闘は終わりました。けれども実際にはその後も、散発的な戦闘は続きました。これらの沖縄戦によって、貴重な文化、そして尊い人命が失われました。

DSC_0102

昨年度の修学旅行の様子

高校2年生は沖縄修学旅行の事前学習として、2週間前のロングホームルームで、沖縄戦についてのDVDを見ました。戦争が人間性を失わせること、一般住民も多くが犠牲になったこと、敵味方の区別なく、沖縄戦を経験した人々が今も苦しみ悩んでいること、など、いろいろなことを改めて学んだことと思います。

観光地として大人気の沖縄。けれどおよそ70年前、そこでは悲惨な出来事が起こった。この事実は風化させてはならないことですが、生き残った人々から直接経験を伝えられる機会は、将来確実に失われます。これからは、私たちが自分なりの仕方で戦争の悲惨さを実感し、次の世代に伝えていくことが、必要になるのかもしれません。

今日の聖書朗読の中に、このような一節がありました。「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。」やや強引な素人考えかもしれませんが、私にはこう感じられます。……この言葉は、沖縄戦で、さらにはこれまでに起きたさまざまな戦争で命を落とした人々に対して、私たちが魂の安息を願うために、神様がくださった言葉なのだろう。そして、これからの平和を願い続けていく私たちに対する、神様からの勇気づけの言葉なのだろう、と。

  神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神か

 らいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。

 (コリントの信徒への手紙 二 第1章 第4節)

 

page top