2025年度

1食500円の葛藤。晃華学園中1生が考える「本当に人に優しい食事」の正解とは?

投稿日2026/3/17

「皆さんにはこれから、“人にやさしい食事”を考えてもらいます」

もしあなたが、被災地の避難所で炊き出しを行うとしたら、どのようなメニューを作りますか? 「温かいもの」「栄養があるもの」「みんなが好きなもの」。そんな答えがすぐに浮かぶかもしれません。しかし、晃華学園の中学1年生が向き合うのは、そこから一歩踏み込んだ、答えのない複雑な「優しさ」の選択です。

中学1年生の地理で行われた「人に優しい食事」の授業。2025年初頭に発生した宮崎県での地震を想定し、被災者の方々に提供するメニューを考案するこの取り組みは、単なる献立作りではありません。それは、これまで生徒たちが学んできた地理、宗教の知識を総動員し、「人のために 人と共に」を体現するための真剣なシミュレーションなのです。

知性は「優しさ」をどう定義するかー75種類の食材との対話

「優しさ」を形にするためには、まず「知る」ことが不可欠です。生徒たちには、産地・価格・備考が詳細に記された75種類の食材リストが与えられます。

例えば、ある班ではパンの選択で議論が起こります。 「とにかく安くて長持ちする43円のパン」と、「天然素材で高価だが安心な80円のパン」。 生徒たちは北アメリカ州の産業を学んだ際の知識を呼び起こします。長期間腐らない理由は何か?食品添加物や遺伝子組み換え食品の是非は? 「長持ちする方が被災地では便利かもしれないけれど、健康を考えたら天然素材の方が『優しい』んじゃないかな」

また、別のある班では、地産地消の観点から地元宮崎産の食材を優先すべきか、それとも予算を守るために安価な輸入食材を選ぶべきかで葛藤します。 「虫食いあり」と備考に書かれたみかんを見て、「これは農薬を使っていない証拠だね」と、地理で学んだ農業の知識を実生活に関連付けて判断していく。教科書の中の知識が、誰かのための「選択」へと変わる瞬間です。

「人に優しい食事」を考える授業はこれで終わりではありません。ここから始まっていきます。

ぶつかり合う「優しさ」 ― 理想と現実の狭間で

一度目のグループワークの後、地理や宗教の授業で、「児童労働」や「ハラール」など「優しさ」を巡る様々な観点、を学んでいきます。

そして二度目のグループワークを迎えます。ですが、生徒たちは一つの大きな壁にぶつかります。それは、「すべての優しさを同時に実現することは極めて困難である」という現実です。

二度目のグループワークでも、多角的な視点から多くのメニューが提案されました。

・ハラール認定を受けた地元宮崎の地鶏を使った「チキン南蛮うどん」
・お年寄りや子どもが安心して食べられる「鮭のおかゆ」
・被災した方々にホッとしてもらえるような「具沢山のお味噌汁」
・お正月気分を味わってもらうための「鏡餅」

しかし、ここで深い議論が生まれます。 「お味噌汁は体を温めるけれど、大豆アレルギーの人は食べられない」 「じゃあ野菜スープにしよう。でも、ブイヨンに豚肉のエキスが入っていたら、イスラム教徒の方は食べられないよね」

宗教的なタブー、食物アレルギー、栄養バランス、そして1食500という厳しい予算制限。 フェアトレードの食材を使えば生産者には優しいが、予算を圧迫する。腹持ちを考えてイモを使えば、高齢者には食べにくいかもしれない。 生徒たちは、自分たちが大切にしたい「優しさ」が、時として誰かにとっての「優しくない」に繋がる可能性を知るのです。

結びに:晃華学園が育む「共生の知性」

「人に優しい食事」を考えることは、これから自分がどのように生きていくかを考えることと同義です。 食品添加物、地産地消、フェアトレード、宗教、児童労働……。 教室で学んだ断片的な知識が、「被災地の一食」というテーマを通じて一本の線に繋がります。

生徒たちはこの授業を通じ、「与えられている自分」に気づき、自分が被災者になった時に、あるいは誰かを支援する立場になった時にどう行動すべきかを深く考えました。 理想をすべて実現することは難しいかもしれない。それでも、他者との違いを認め合い、対立を乗り越えて理想に向かって歩みを止めないこと。

晃華学園を巣立つ時、彼女たちの手には、単なる知識ではなく、誰かを幸せにするための「生きた知性」が握られているはずです。 1食500円の献立に込められた、生徒たちの真剣な眼差し。その先に、より良い社会への希望が輝いています。

 

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