2019年度

「私は教科のここが好き!」その⑦(中学進路通信)

投稿日2019/12/23

晃華学園では、進路指導の一環として全学年でオリジナルの進路通信を発行しています。

学習に対して前向きに取り組んでもらうため、今年度は中学生の進路通信で『私は教科のここが好き!』というシリーズを企画しました。
これは、教員が自らの担当教科の好きなところを紹介し、学ぶことそのものの楽しさを実体験を交えて紹介することで、楽しんで学習に向かう姿勢の大切さを伝えていこうというコーナーです。

今回は、中学2年生の数学の教諭からの寄稿です。


 

最近、「なんで数学科に入ったの?」と友人に聞かれたときに、「きっと呪いとかのせいだと思う」と答えたことがあります。大抵、同じ質問に対して「数学が好きだからね」と答えることが多かったのですが、そのときはもう少し正確に答えようとしてみた結果、口から飛び出たのがそのような答えで、自分で思わず笑い出してしまいました。挙句、「いや普通に数学が好きだから」と訂正し直す始末でした。
なぜ「呪い」なんて怖い言葉を思い付いたかというと、「普通に好き」な物事なら結構沢山あるし、大体学校で習ってきたどの科目も好きだったから、好きな教科だから数学科を選んだというのは、理由としてはまったく不十分だと思ったからです。

むしろ数学と物理は勉強しても思うような成果が簡単には出なかったことを思い出すと、不得意な分野を選んだな、とつくづく思ってしまうほどです。それなりに多くの時間をかけて大学で勉強しましたが、天才と言われる人たちや、頭の良い人を沢山見ていて、自分には数学の才能はないなとよく思ったものです。費やした時間を、もっと不得意でなさそうなものに捧げた方がよっぽどコスパ良く生活できたろうに…どうしても数学を深く学びたいと数学を専攻した理由は、呪いか何かの魔法にかけられたと思われてならない…
それで友人に対して変な受け答えになってしまった訳です。

物騒なことを書き始めましたが、数学に興味があるから大学で時間をかけてその勉強をしたことを後悔したことはありません。遠回りをしたようで、結局、人間として根本的に大切な、思考力や忍耐力、冷静さや情熱、道徳観や冒険心をブレなく今まで培ってきた経験は、私の人生においては、いつも数学という学問に依拠したものでした。他に趣味もありましたし、他の科目にも興味はありますが、今までの人生で数回、何か困ったことに陥ると、いつも数学の学習で用いている論理的思考力によって生み出される創造力を頼ってきました。人生の荒波をどうにか自分の望み通りに変えてやろうと思うときには、常に自分の価値観は数学を土台としている、と思い知らされ、しかもその思考が楽しいと思うのです。

そんなことを言っても、数学がなくても生きていけると思える人も世の中には多く、自分がたまたま数学に強い興味があるからといって、皆さんにも同様にその価値観を持って欲しいとは思っていません。人間は複雑なもので、色々なものを吸収しながら成長していく生き物です。人によって好奇心を向ける対象は異なり、人生の基盤になるものが何かの科目の勉強でなく、アーティスティックな趣味だったり、家族や身近な人との情報共有だったり、インターネット上の活動だったり、実に様々な形で現れるものです。

能書きが長くなってしまいましたが、私の場合はたまたま、人生の上で、数学という抽象的な学問がとても分かりやすく理解から応用に結び付いたのです。最初は「呪い」のような理由で始めた勉強の内容がどのようなもので、どのようなことに興味があったのか、少し皆さんに紹介できればと思います。中高では、なんだか興味深いけれどもよく分からない内容だと思っていた数学は、大学で進学した後、例えば次のような形で登場します。

・「論理的に正しい」というのを数式で表すと、どのような形式で表現できるか? → 導かれる結論の一つ:「あるシステムで構築された命題は、そのシステム上では正しいことを証明することが不可能(さらに大きなシステムを構築しなければならない)」)

・そもそも1,2,3,…って何? → 具体的なモノではなく抽象的に記号を用いているだけなので、その性質、関係性に着目し、1,2,…,とか有理数とか実数とかを最初から作り直し、その性質を見直す。(よく分からず使っていたものが、実は論理的な背景があった、と分かります。)

・数学って数のことだけ考えるの? → 数は抽象的な記号なので、その考え方はあらゆるものに適用できます。1,2,…と整数から有理数を構成していく方法は、数ではなく、色々な他の集合に応用することができます。皆さんが知っている実数とは違う代数体(代数的な性質をもつ集合体)は無限に思い付くことができ、その数だけ別の数学の体系を考えることができます。例えば、モノを移動したり回転させたりする操作も数のように足し合わせれば、完全に数とは異なるモノの集合でも数学で扱うこともできます。

論理というルールだけを頼りに、新しい体系を自由に構成していくことが、なんとも芸術的で魅力的です。また、形式的な論理学を積み上げていっても実はその論理体系が正しいとは言えないという定理が(箇条書きの最初に述べたように)数学的に証明されているので、数学的に考えても傲慢に考えるわけにもいかないから謙虚に考えなければいけないし、、、

 

…結構難しい話だと思うので、そろそろ数学の話をお終いにしようと思います。世の中、色々と自由な発想を持って面白いことを考える人が沢山いて、そんな人の書物を読むと、何かと固定概念に捕らわれ思考停止に陥りやすい私たちの脳ミソは突然新しい道筋を見つけられるようになります。というより、数学の書物に限らず、全般的に先人達が残してきた遺物は沢山面白いものがあるのだと思います。

私は、魅力的だと思える数学の代数幾何学という分野を今でも勉強しています。でも、数学の天才たちが考えたことが正直難しすぎて、まだよく分からないのです。それでも面白くて仕方ありません。

好きか嫌いかはともかくとして、論理的な思考力という面では、他の科目では学習できない能力が数学という科目の特性として必ずありますし、数学は逃げられやすい勉強なので、なおさら逃げずに向き合う方が皆さんにとってよいと思っています。そもそも教員として、私は、学校の勉強は貪欲に、人生に必要なものとして積極的にやって欲しい、と思います。その際、極端に何かの教科を嫌わずに、どの教科も勉強する方がよいと思っています。

さらに、ハマるものは他の物事で勿論よいのですが、私にとっての代数幾何学のような、皆さんにとって、人生をかけても興味深くて面白くて仕方ないと思えるものを探しながら、世界の広さや深さを実感できる冒険的な生き方をしてみてはいかがでしょうか。

晃華学園の進路学習指導についてはこちら

page top