みなさんは、今流れた歌をご存知でしょうか? 今の歌は、磯部淑さんという方が作詞作曲をされた「遥かな友に」という歌で、合唱曲としてよく歌われ、日本だけではなく広く世界でも歌われている歌です。この歌の歌詞に少し疑問な点があったので、私は何年か前にネットでこの歌について調べてみたことがあります。その結果は、私の疑問自体が解決したわけではなかったのですが、その代わりにこの歌の誕生に纏わる大変興味深いエピソードを知ることができました。
それによりますと、昭和24年から26年まで、早稲田大学のグリークラブは神奈川県の津久井渓谷で夏の合宿をしていたのですが、クラブのOBである磯部淑さんは、そこで合唱指導をしていました。ところが、昭和26年の夏の合宿のとき、新入部員が、夜、まくら投げなどをしてはしゃいでしまいなかなか寝ないことに、上級生たちは頭を悩ませていました。困った上級生たちが磯部さんに相談したところ、磯部さんが学生たちを静かに寝かせるために即興的に作詞作曲したのが「遥かな友に」だったのです。いわば、「遥かな友に」は学生たちのための子守歌だったわけです。
昭和26年といえば、戦争が終わって6年です。まくら投げをしていた新入部員たちは、戦争中から戦後すぐにかけて、貧しい窮乏生活を強いられてきたのではないでしょうか、それが戦後6年、世の中も少し落ち着きを取り戻し余裕が出てきた頃、大学生になって解放感を感じ、はしゃぎたい、青春を謳歌したい、と思っていたのではないのでしょうか? しかし、新入部員たちの気持ちはよく分かるけれど困ったものだな、どうしたものかなと悩む上級生たち。そんな学生たちを温かく見守り、合唱指導をしていたであろう磯部淑さん。いろいろと想像が膨らみます。
「遥かな友に」は、学生たちのまくら投げという困った事態を解決するために誕生した歌ですが、私は、困った事態を解決するために即興的に誕生した歌をもう一つ知っています。それは、「きよしこの夜」、私たちの聖歌集では「しずけき」です。ご存知の方も多いかと思いますが、「しずけき」は1818年のクリスマス・イブの日に、オーストリアのチロル地方のオーベルンドロフという村の教会で誕生した歌です。その日、「教会のパイプオルガンのふいごがネズミにかじられて、オルガンが使えず、クリスマス・イブの深夜ミサで、予定の曲はひけない、代わりにギター伴奏の歌を作曲してくれないか?」と友人のヨーゼフ・モールから頼まれた教会のオルガニストのフランツ・グル―バーが即興的に作曲したのが「しずけき」だったのです。
珠玉の名品ともいえる「遥かな友に」と「しずけき」とはともに、その誕生には、困った事態(「遥かな友に」の場合は学生のまくら投げ、「しずけき」の場合はネズミのふいごかじり」)を解決するために即興的に作曲されたという共通点があるのですが、私にはこの2つの歌はともに神様が私たち人類にお贈り下さった素敵なプレゼントであるように思えるのです。