卒業生の皆さん、皆さんはこの6年間、キリスト教の信仰を基礎とした学校で学んできました。朝礼では主の祈りを唱え、終礼ではアヴェ・マリアへの祈りを唱える毎日を繰り返してきました。復活祭はイグナチオ教会で、慰霊祭とクリスマスは学校で、神父様に来ていただいてミサにあずかりました。毎年宗教の授業も受けてきました。このことは、皆さんの精神形成に大きな影響を与えたでしょう。ミサがいつか懐かしくなるかも知れません。そういう時はカトリック教会に足を運んで、静けさの中でお祈りしてください。
そのカトリック教会の柱であるキリスト存在について、これまで学んでくれて聞きなれたことではあると思いますが、わたしから話せる最後の機会なので少しお話しします。
イエス・キリストが生まれたのはおよそ2000年前です。キリスト教はローマにも伝わりますが、認められていなかったのはご存じのとおりです。ローマ帝国では皇帝が神だったからです。別の神を信じることは許されませんでした。当時のローマ帝国が隆盛を極めていました。歴史で学ぶローマ帝国はかっこいいですが、実際はとても残酷な帝国でした。富裕なローマの市民は物質的な、感覚的な欲望を満たすために、ありとあらゆることを考え出しました。富と権力、それがもたらす快楽がすべてで、それを持つ者は一部でした。その一部の支配階級の感覚的な衝動という自己中心的な本能を満たすことでローマは成立していました。そのほかの多くの人は希望を見いだせず苦しみに満ちた人生を送っていました。地上ではそのようなことが行われていました。
一方地下では、カタコンベという地下の墳墓で、愛と平和を説いたイエスの教えに従って、静かにミサが行われていました。イエスの教えは隠れて説かれなければならなかったのです。そこでは神の愛が説かれ、虚栄を捨て、隣人を愛し、よりよい世界を造ることが説かれました。
なじみ深いイエスの言葉を見てみましょう。
「あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。あなたがたの父が憐れ深いように、あなたがたも憐み深いものとなりなさい。」
心安らぐ本当の教えですね。自分が本当に敵を愛することができるかどうか心もとないですが、この教えを活かそうとする人とは一緒にいたいと思います。
それから2000年たち、イエスの教えは世界中で激しい迫害を受けましたが、その教えは地上に広がっています。その影響力はどんな偉大な思想もなしえなかったことです。かつてローマで行われていたことの多くは、禁止され今では犯罪行為になっています。古代では当たり前だった奴隷制や残酷な処刑、不健康な快楽の追求、人間の尊厳をないがしろにするものは、アンダーグラウンドの世界へと追いやられました。つまり、地上と地下がキリスト存在の地上への出現以降くるりと反転したのです。それには長い時間が必要でした。
キリストのもたらした教え、神はすべての人を愛によって創造し、だからすべての人に価値がある、尊重されるということは、古代の人々は全く理解できないことでした。人間には貴賤があるのが当たり前でしたし、異邦人は戦争によって排除されなければなりませんでした。
善悪が古代と変化しているこの価値の反転は、キリスト存在におっています。霊的な世界が実在し、それがわたしたち人間の魂に響き、人間はそれによって地上を変化させてゆくという形で現れたのです。
神は善い方です。善い方の望みを人は魂で受け止め、身体で地上世界を作り上げます。激しい迫害ののちキリストの体である教会が造られ、教えが説かれ、それが広まり、国籍や民族を越えた人間尊重の考え方は世界の主流となりました。
しかし今日でも、アンダーグラウンドへ追いやられた悪徳は、その復権、地上の支配を求めて地下から手を伸ばしています。いつも地上の支配をねらっています。人権が侵害されることは、世界中で起きています。日本でもヘイトスピーチや過酷な労働を強いる企業活動はいくつも続いています。気を抜いてぐらつくと悪いものに支配されてしまいます。皆さんはそのような現実のさまざまな状況を見抜き、しっかりした価値観の上に生活を築いてください。
いろいろなことに、けっして焦ってはいけません。皆さんは女性なので、言っておきたいことがあるのですが、皆さんが学問を修め、そしてそれを活かして本当に全力で仕事に没頭できるのは実はずいぶん先の話なのです。これから学問を修得しますね。そして結婚して子育てが始まったとします。それが一段落するのは、子供が大学に入ったあたりなのです。皆さんのお母様の年齢のころから、ほんとうに仕事に没入できるのです。ただ問題は会社がそういう女性のライフスタイルを許容できるかどうかです。いらいらし、耐えられなくなって女性は仕事の戦力にならないと言い出しかねません。長いライフスタンスを日本の社会が理解し、許容できるのかという問題があるでしょう。北欧ではそのようなライフガイダンスが浸透し、ライフスタイルが可能になりつつありますが、日本人は気が短いので、難しいところがあるかもしれません。それでも、皆さんはそれに向かって努力する姿勢を示している企業や仲間を見つけ、協働しなければなりません。そのことで社会を変えていかなければならないでしょう。それが皆さんの世代の課題かもしれません。
4月からは、自分が選択したそれぞれの新しい進路先での生活が始まります。晃華で学んだ価値の上にこれからの人生設計を建ててください。
イエスは言っています。
「わたしのもとに来て、わたしの言葉を聞き、それを行う人が皆、どんな人に似ているかを示そう。それは地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を置いて家を建てた人に似ている。洪水になって川の水がその家に押し寄せたが、しっかり建ててあったので、揺り動かすことができなかった。しかし、聞いても行わない者は、土台なしで地面に家を建てた人に似ている。川の水が押し寄せると、家はたちまち倒れ、その壊れ方はひどかった。」
善く生きてください。善く生きることは、その場では不利なように感じることもあるのですが、実はこれほど安心できることはないのです。善く生きることと幸福は同じです。皆さんは年齢を重ねるにつれ、人生経験が豊かになるにつれ、善く生きることと幸福が同じであることが実感されるでしょう。しっかりした土台の上に人生という家を建ててください。ぐらぐらしないでください。晃華学園で学んだこと、やってきたことに確信を持ってください。
今日家に帰りましたら、ご家族の方にこれまでの感謝の気持ちを、自分の言葉で表しましょう。そしてその感謝の気持ちを、忘れずにいてください。